今日は時雉を保護した日でもあります。時雉はだいたい麿白や参瑚と写り、また生前の頃はフレーメンだったり麿白との無形文化財だったりの光景をアップされてたわけですが、今は特に私だけに向けてた時雉の視線が目に入るようになりました。とうちゃん、まだかやい?上目遣い、前足揃えてじっと待つこの奥ゆかしさが時雉です。「トキ」と呼ぶとか細く「やーい」とお返事。そしていざ甘えるとしても甘えるのは控えてしまう。この見つめてる時も十分に時雉には甘えてる時間だったのかもしれません。消化管腫瘍が発覚してからは時雉に時間を割いて単独で甘える・ケアされる時間がほとんどでしたが、その前は甘えるのはへたくそながら少なからず甘えてる時もありました。この顔や仕草はどの猫ともまた違いました。こうした表情をまた一際眺めてて拾うのは、時雉の最期の時間の苦しんでいる様子もしっかり覚えてるからでもあります。こうしてなんとなく撮ったものの中に、また違った意味を見つけるという事ですね。誰に対しても優しかった、優しすぎた時雉。琥麦がその魂を継いでるのなら、神様は時雉の願いを叶えてくれたのでしょう。
//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js
(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});
ランキン
わが愛息猫の記憶 20260530
ねこ画像
コメント