最後に見る光景 20260302
ねこ画像
何度か時雉が出てくる夢を覚えてます。覚えている夢の中の時雉はいつも「ちび時雉」でした。ちび時雉である理由は、その頃が「いちばん良い時代」だったからだと思ってます。同様に、あの街も覚えてる夢によく出てきます。夢の中ではなぜか両親を連れてあの街の裏道を歩いていたり、新しく行く学校があの街にあったり。場所と登場人物(猫)と時間ですね。人生には大抵戻りたい頃と戻りたくない頃があり、現状に満足していても戻りたい頃が多ければ多いほど豊かな人生を歩んできたと言えると思います。どちらであってもそれが記憶に刻まれているという事でもあり、覚えてる夢に出てくるというのはそういう事なんでしょう。同様に、朝公園に向かおうとすれば釿汰が出待ちしてて、その足で公園に向かえば白サバ姉さんがいて、公園前では1号がフギャーと鳴いて兄弟と栗白を呼んで視界が茶色くなり、家に帰れば若い麿白とちび時雉が待ってる日々。当然、それは非常に短い時期でした。だからこそ、若い釿汰や茶トラ3兄弟の毛皮が朝陽を浴びて輝く様子は鮮明に記憶しています。その記憶が覚えてる夢に出るくらい記憶に刻まれるという事は、自分の人生で最後に見る風景はその記憶なのではないか。そんな事をよく考えていました。翻って、麿白・時雉・参瑚が最後に見た風景は何だろう。刻まれた幸せな記憶は間違いなくあったはず。この画像は時雉を保護する直前の時期、麿白と眠っていた時のもの。


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