終末ケア決心から2年 20250812

2年前の今日、時雉の消化管腫瘍の精密検査を受けに朝から専門病院に行きました。その前夜の時雉。8月4日にかかりつけに行き、触診の後に簡易血液検査とエコーをみて精密検査の予約を取れたのが12日でした。高速で行く方面を間違えたりしてギリギリの到着になりつつ。午前中に預けて夕方引き取りの全部の検査をやるにあたり、状況によっては麻酔を打つと言われてましたが時雉はおとなしく受けてくれて「すごくおとなしくていい子ですね」と褒められたのでした。検査結果の資料はぜんぶ取ってあるはずなのですが一部分しか見当たらず。間違いなく捨てるはずがないんですけど、残っているこの辺りとかでもう状況は緩和ケア一択しかないですし、恐らくそうなるだろうというのは8月4日で予想ができた事でもありました。時雉、よくがんばったなあと褒めてもう下部尿路のことは気にせず好きなものだけを食べさせる事にしたり。懸念は腹の按配なのでここから投薬はずっと続くことになります。吐き気どめも普通に飲ませてたので嘔吐もそこまでひどくはなかったように思います。しかし褒めたその日の晩に輸液のリードを噛んで穴を開けてくれました。しょうがねえやつだ。穴の空いたリードを見て、「あっ」っていうとしまったやいという顔をして、恐る恐るとうちゃん怒ってないかやい?という顔をする時雉。もう怒ることはないよ、大丈夫。ちゃんと薬を飲もうな。そこから命日となる9月16日ま
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